癌治療(がん治療)の不安・悩みを克服
特集:最先端の免疫療法(免疫細胞療法)

ガン患者の集い

癌(がん)三大療法

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1020.
けんさんへ
投稿者 : 投稿日 : 2006/11/10 07:53

こんにちは。
私の主人もけんさんの病名と違いますがまったく一緒です。胃癌でステージWで腹膜に転移してます。
癌は取り除いたのです。手術してもう2年近くになりますが酒も飲んでタバコも吸っています。本当は駄目なのですが。入退院もないです。1ヶ月に2回抗がん剤の点滴に通っています。血にも異常無しです。先生が奇跡と言っているのです。
司会者の逸見さんと同じでスキルスなんです。でも何も異常なく日常送っています。けんさんも余り神経質にならないようにストレスも非常に悪いのです。一言でこんなこと言って御免なさい。本人にならないと痛みわからないのに御免なさい。主人を見てきて思うことです。今も何の異常なく暮らしています。けんさんご家族のためにも長生きしてください。今は医学が発達していますのでどんな方法でもありますので生きてください。とめどない話で失礼しました。乱文で申し分け御座いませんでした。

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1019.
再発
投稿者 : H投稿日 : 2006/11/07 15:42

昨年4月に、夫は胃癌の手術をしました。すでに進行がんになっており、T21Bでした。1年半たち定期検査の結果無事クリアしたのもつかの間、背中の背骨にそって腫瘍ができ、病理検査の結果がん細胞がみつかりました。本人、さすがにショックを受けたようです。私も最初の時と同じ、心臓がどきどき、身体が震えているのがわかりました。今後のことが不安でいっぱいです。こんなにも早く再発するとは・・・。せめて娘が高校卒業するまではと思っていました。でもあきらめません。ただ精神的に負けそうになるときここにこさせてもらいます。

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1018.
胆管ガンと宣告されました
投稿者 : 老楽人生投稿日 : 2006/11/07 12:23

8月29日朝5時に激烈腹痛にて、救急車で運ばれて、即入院、13日間禁食で点滴のみ、やがて黄疸が出て鼻からチューブを入れて胆汁の検査、その他あらゆる検査の結果『胆管ガン」と診断されて9月28日に横浜市大病院に転院しました.10月30日仮に退院し、自宅で静養中 です。明日消化器外科の医師の家族への説明会があります。心臓狭心症13年前手術をしております.糖尿病も併発しており外科的手術に耐えられるか否か検討中です。駄目な場合にはどのようにすればよいでしょうか?放置すれば余命1ケ年だと宣告される!

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1017.
はじめまして
投稿者 : タニ投稿日 : 2006/11/04 19:32

母親が婦人科系の顆粒膜細胞腫になり、15年前に手術しました。その時は卵巣を摘出し、その後2回目の手術で、子宮も摘出しました。
5年前の3回目の手術のときは、他の臓器に腫瘍ができてしまい、一部肝臓を切除したのですが、細かい腫瘍がたくさんありそれは取りきれないと言われました。またその腫瘍が大きくなる可能性はあると言われていて、半年ごとにMIRをとり検査と病院通いしていました。しかし今年の9月に影が見付かり、今年11月にまた腫瘍をとる手術をしました。ただ今回の手術で説明されたのは、開いたら腫瘍から出血していて、細かい腫瘍からも出血しているため、大きい腫瘍しか切除できませんでした。
そして、もう今後は手術はできないと先生に言われてしまい唖然としてしまいました。
それはもう手のつけようがないということなのかと。
手術は外科の先生なので、婦人科の病気はよくわからないみたいで、今後、婦人科の先生と相談して今後の治療が決まるみたいです。
何か少しでも可能性のある治療を探したいと思っています。
同じ病気で悩んでいる方や少しでも可能性のある治療を知っている方など投稿お待ちしています。

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1016.
マーさんへ
投稿者 : 娘と代わりたい母投稿日 : 2006/10/31 20:49

気にかけて下さっていたのですね、ありがとうございます。お蔭様で元気に大学へ通っています、もちろん(今は)2ヶ月に1回検査に通院していますが、数値も問題なく薬も退院してから服用せず平凡な生活ができています。マーさんもお元気の用ですが、薬を服用しながらというのは大変ですね、副作用の辛さは痛いほど分かるので辛い気持ちになりました。でも負けないでね、私も陰ながら応援しています、きっと負けないと信じています。今度大黒摩季のコンサートに二人で行きます。マーさんも仕事も大変でしょうがたまには生き抜きもしてね。体に気を付けてメール有難う。

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1015.
私もまさか・・・
投稿者 : けん投稿日 : 2006/10/28 16:39

はじめまして。こうして書き込みをすること自体久しぶりです。学生時代以来でしょうか。

33歳・男・会社員・子供二人です。

私も癌であると診断を受けました。大腸がんから腹膜に転移が見られ、ステージWとのこと。10月23日に説明を受けてから妻共々よく泣いています。

最初の異変は9月2日、昼食にトンカツを食してから腹痛が治まらず会社を早退。夜間診療所に駆け込むものの食あたりと診断され帰宅。その後回復したものの不安もあり診療所に通いましたが特に異常は見つかりませんでした。

9月19日、早朝から眠れないほどの痛みが再発し、診療所で点滴。帰宅後夕方に再再発。総合病院にそのまま入院。

胃潰瘍・十二指腸潰瘍を疑われましたが、検査の結果は異常なし。退院の許可まで出ました。が、一人の女医が大腸の内視鏡だけ念のため検査してからと退院を留めてくださり、そこで巨大な腫瘍が見つかりました。

手術前の説明ではU期後半との話でしたが、10月11日に開腹手術を受けた結果、目視で転移が確認されたそうです。妻や両親にはその場で説明があったそうです。
もちろん名前くらいは知っていましたが、まさか自分の体にそのような異変が起きているとは・・・。退院した今でも傷口は傷むもののそれ以外は食事も運動も変わらずできるのに、根治できないなんて。今でもこれは夢なんじゃないか、全部でたらめなんじゃないかって思います。後何年生きられるのか。昨日終わった日本シリーズは見納めなのかって。

一方で、両親の働きがあり、主治医から薦められた抗がん剤治療の他に免疫治療等もあることがわかりました。また、こうしたホームページを拝見していくにつれ、癌の治療にあたって様々な新しい情報を手に入れることがいかに大切かを痛感するようになりました。

その観点からすると、様々な可能性を示すことなく、ただ今後の治療は抗がん剤ですよとしか説明していただけなかった主治医に抗議したい気持ちもありますが。

30日に免疫治療を受けられる東京の病院に相談を受けた頂く予定です。

落ち込む気持ち・なんとか上を向いていこうと思う気持ち・誰かに聞いて欲しい気持ち・知られたくない気持ち・・・まだまだ気持ちの整理がとても追いつかない状態です。

まとまらない文章で申し訳ありません。ただとにかく吐き出したくて書き込みさせていただきました。

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1014.
入院しながらの免疫治療
投稿者 : とし投稿日 : 2006/10/28 08:51

はじめまして!
父の病気についてですが、地元の大きな病院に入院しながら抗癌剤の治療を行っているのですがあまり状態がよくありません。免疫療法を平行してやりたいと思い主治医に相談したのですが『そんな効くか効かないか分らない治療法はみとめられない。やりたいなら退院してよそで治療してください!』と言われました。
入院しながら抗癌剤と免疫療法を併用してやる方法は他の病院さんでも認めてもらえないのでしょうか?
混合診療の問題もあると思いますが保険診療で入院していても外出して自費診療なら良いはずと聞いたのですが?

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1013.
最近の自分
投稿者 : マー投稿日 : 2006/10/28 00:13

久し振りの投稿になります。
私が膵がんとなって早1年となりました。去年の夏頃は急性膵炎で倒れ緊急入院し、その後の何種類の検査の結果膵がんと診断され落胆していました。何故ならまだ32歳と言う若さでしたし、まだ未婚で在る為この先の事をよく病床で考えていました。

今月高校時代から親交のあった友人が結婚し、ますます自分は不安になってきました。果たして自分は結婚できるのだろうか?例え結婚しても妻となる方に心配や迷惑掛けてしまうのではないかとか悩んでいます。
そうは言っても段々と歳をとっていく母に孫の顔も見せたいし母より先に死ぬ訳にはいかないと前向きには考えてます。

去年の10月に手術して翌月には退院し暫く休養し、今年の1月に職場復帰しましたが、2月には再発してしまいました。復帰が早かったのかと母も悔やんでいました。告知を受けた日の帰りの車の中で久し振りに号泣した事を今も思い出します。再発を会社の上司に説明した時も恥ずかしげもなく泣いてしまいました。
上司も同じ思いで悩み他の同僚に何て言っていいか俺には分からないと申していました。
今は副作用が激しくて辛いので飲み薬に変えてもらいましたが点滴投与より楽になり今も元気に会社勤めしています。ストレスを溜める事がやはり一番悪いのかと思うのですが、仕事が設計なのでそうもいかないのが現状ですね。また、会社自体の体制が悪く自分は徐々に復帰していこうにもできません。出張も時々一人で遠方まで行く事もあります。酷い疲れと副作用に苦しみながら頑張ってます。
親や親戚、友達も心配してあまり無理しないで仕事も変えた方がいいんじゃないかな?とか色々言われます。自分の人生だから自分で決めるのも良いけど周りの意見が自分を救ってくれます。
つい最近兄の嫁父が進行性胃がんでなくなり、兄嫁は自分の頑張りが父にかぶってしまうようで心配してくれています。とかく病気になる人は頑張り屋さんや我慢強い人が多く治療を断る人もいるみたいですね。

自分は幸いまだ初期がんに近く経過も良好ですので元気なうちに好きな事やっておこうと思って好きな車も最近買いました。
まだまだ頑張れる自身が根拠は無いけど自分にはあります。

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1012.
疲れは、利息をつけて後からやってきます。
投稿者 : たぬたぬ投稿日 : 2006/10/22 14:39

ささめ様。

...お言葉が見つかりませんが。

色々な疲れは、後から、とんでもない所に出てきます。
好転側にしても、お祝い(1ヶ月に宴会を自宅で2回したら、そりゃ疲れます。準備は当人は、出来ませんので、一挙に嫁(私)にかかります。もう、今年は、大掃除、終了です。)お返し、etc.etc...。

体にテキメンに出ました。更年期障害らしき症状に襲われています。父の時は半年後に体を壊しました。

親族や、知人の問題も噴出する事もあります。

休む事もままならない事と存じますが、ご家族皆様、お大事になさって下さいませ。

今日の夢で、父が出てきました。自分は体調を崩しても、小うるさい娘の世話にはなりたくない、と申しておりました。窮屈だからだそうです。無理していた娘に説教したので、今頃昼寝でもしていると思います。窮屈が嫌いな父でしたから...。

我が家の闘病記はロングランになりますが、ぼちぼち、やっていこう、と思います。

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1011.
お袋の永遠の眠り
投稿者 : 親不孝者投稿日 : 2006/10/17 23:35

お袋が10月6日に永遠の眠りにつきました。
今日は、俺が親不孝の理由を書いて、掲示板の投稿を終えようと思います。
今から、3年前、風邪をひいて病院へ行き、首にできたしこりの事を相談したところ、レントゲンを撮り、すぐに紹介状を持って、病院を紹介するので早く診察してもらいなさいと言われました。診察の前の日にお袋が持って帰ったレントゲンを見て、わが目を疑いました。「右の肺に丸い影が・・・・」
入院し、検査をし担当医から説明、「肺がんが本でリンパ腺へ転移している、手術はできないので、放射線と抗がん剤治療をします。今の段階でがんの進行は、ステージ4、もっても3年は生きられない。」と言われました。そして治療に入り、苦しい日々が続きました。抗がん剤の副作用は、他の人よりもひどく、食事がまったく取れず、体力が日に日に無くなっていきました。見かねた、担当の先生が、治療を中止して、体調を整えて、退院。検査結果は、途中でやめたにもかかわらず、治療の効果がありました。
それからは1ヶ月に1回の定期健診。
そして1年が過ぎた8月14日、俺の出張中に、左大腿骨を骨折、手術をし、検査。
骨の転位、放射線で転位箇所を固める。そして、退院前にレントゲン検査をしたところ、心のうへ、水がたまっていた。すぐに水を抜き、担当の先生から、イレッサノ治療をして診ますと言われ、これを了承。
16年11月15日から治療開始。
副作用も無く、退院。月1回の検診が続いた。
普通、平均すると半年で効き目が無くなると言われていたのだが、お袋は、1年半イレッサが効いててくれた。今年4月の検診で、イレッサノ効き目が無くなり、肺の影が大きくなっていた。入院して、抗がん剤治療、今回は先生の選んでくれた抗がん剤がお袋に合って副作用はきつくは無かった。
しかし、退院後は、歩くこともままならなくらり、1日をほとんどベッドの中、7月に入ると、夜中に咳き込むようになり、病院へ行こうといてもまだ行かないと言い検診日まで家にいました。
当日、先生から「あまりにも苦しそうだから、このまま入院しましょう。」と言われました。
今回も、心のうに水がたまっていました。
水を抜き、心臓にパイプがついたまま1週間、パイプを抜き、体調を整え退院前の検査で、また水が溜まっていました、水を抜く処置、この日は、俺が休みだったので1日ついていました。
今回は、一向に水だ止まらず、2回にわたって心臓へ薬の投与をしてやっと水がたまらなくなりました。
9月に入り、病院の介護支援室の方から、介護認定を早く受けなさいと言われ、次の日に、申請をし、翌週には、かかりつけの病院の先生の紹介で、ケアマネージャーの人に、相談。
介護用品の手配、訪問看護士の手配、訪問介護の手配が済んだとき、病院から今後のことについての話し合いが持たれ、担当の先生から病状説明が済み、妹がお袋の願いである家は帰りたいことを話しました。
訪問看護士の方も訪問介護の方も、ケアマネージャーの方も、いつ退院してもすぐに対応できるようにしますとの事を言われました。
担当の先生からは、「体調のことを考えていたら、退院はできずに病院だ終えるので、退院を考えるなら、明日退院をした方が、1日でも長く家で過す方がいいと思います。何かあればすぐに入院をできる体制でいます。」と言われ、翌日の朝10時に退院。
その日から、妹は、会社を休み、日中はお袋の面倒。
俺もその日は休みを取り、その日は契約書にサインを何枚も。
夜、お袋の隣で寝ることにしたところ、寝返りをするだけの体力も無く、2時間おきに寝返り、夜中の3時には息苦しくなるみたいで、体を起こし座った状態で20分かけて徐々に横になる、そんな日々が続きました。
食も、少なくなっていく中、訪問看護士の方が毎日来られ、体を拭き、着替えをしてくれおふくろも気持ちよさそうでした。
そして10月4日、これ以上は、家では無理と妹が言いました。入院を決断、翌日病院は連絡、即入院、その夜仕事が終わり病院は駆けつけました。妹が着替えてくる間交代、そのときにお袋に、「家を建て10年、1度も結核検診のレントゲンを撮りに連れて行ってやらなかったから手遅れになった、俺のせいで、残りの人生を台無しにしてしまった、恨む人がいれば、その人でなく、俺を恨んでくれ。」そお言うと、お袋は、「お前が悪いんじゃあない、私の体が弱かったからだ。」と言い、俺の体をきずかってくれ、「もう遅いから、帰って休め、私も、今日、点滴しているからあと4〜5日したら帰る。」と、いてくれました.
翌日、仕事が終わっていくと、座った状態で、体を前に折り、体が痛いと言うので、モルヒネの点滴をし、息も苦しそうでした。妹が着替えてくる間、手を握り体を抱いていました。妹と交代し、家へ帰っても眠れずにいたところ、午後11時50分に妹から電話があり、「ついさっき息をひ??a???????\??????きとった。」と連絡が入った。
今思えば、お袋を取り巻く人に本当によくしてもらい2週間ではあったけれども家で過すこともできた。
担当の先生を始め、病院の看護師の皆さん、訪問看護士のかたがた、ケアマネージャーの方には本当に感謝しています。
少しではあるけれども、この俺でも親孝行したと思えるとしたら、独身で良かった事だけであろう。
最後に、担当の先生から言われたことで、「連れて帰る意思があれば、1日でも早く家へ、連れて帰ってあげなさい、看病で辛い日はそんなには長くは、続かないから。」その言葉をかけてもらえなかったら、すぐに退院させなかったかもしれない。先生には、3年間本当にお世話になりました。担当が先生で本当に良かったと今そう思います。
これで俺の投稿も、終わりにしたいと思います。時々は、このページを開くかも?

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1010.
ひでさんへ
投稿者 : Yasu投稿日 : 2006/10/16 15:32

父が胃がんで8月に手術をしました。突然のことで心臓を何度も突き刺されたようなそんなショックをうけました。娘の私は仕事も手につかず、不安で不安で常に心臓や胃が痛いです。ひでさんのメールに「腫瘍内科の医師にあきらめるなと励まされ、違う種類の抗がん剤治療を受け、セカンドの国立の病院で温熱治療を平行して行うことを決断。」とありましたが、具体的に「違う種類の抗がん剤治療」とはどのような治療でしょうか?おしえていただけませんでしょうか。どうぞ宜しくお願い致します。

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1009.
あれこれと
投稿者 : ぶんこ投稿日 : 2006/10/14 00:36

久しぶりの書き込みになりました。

入退院を繰り返してた父の入院期間がだんだんと長引いておりました。化学療法の厳しい副作用や癌の壮絶な痛みに耐えながらもIVHでの点滴で何とか元気になってやっとの思いで自宅へ帰るを繰り返しておりました。化学療法の時しか病院へ行きたがらない頑固な父。まして、末期で余命の事すら告知をしていないので、嘔吐をし、食欲が無く、痛みも強く歩く事も厳しく、座る事すら辛い父を見かねて病院のケースワーカーに相談し、父が自宅でもっと過ごし易く出来ないものかと悩んで思い切って”介護保険の2号”の申請に踏み切りました。今の父に何が出来るのか?と思い、在宅看護に関して医師にお話しを伺いました。ざっくばらんに話を伺いました。父の容態は、あくまでも本人の自宅に居たい希望に沿っての事だったが、既に病院の併設する緩和ケアへの入院をする時期で在宅看護や訪問看護は理屈では出来るがかなり厳しい時期に差し掛かっているとの話しがありました。いずれ、歩けなくなり、体力が無くなり衰弱し、その時点で腹水もじわじわ溜まってるらしのとの事でした。自宅での看護には医療の設備の問題や父の病状からすればかなり厳しいのが事実ですが、父の気持ちを知っての医師の計らいで短い時間ですが、自宅で何とか過ごす時間を頂きました。来週、緩和ケアへのベットが空き次第に入院が決まりました。

自宅で母と二人で父を診るのは、体力的にも精神的にも相当に負担が大きいのは事実です。厳しい治療や体力の衰えをあっても家族の傍でひたすらに前向きに頑張る姿や家族への労いの言葉を忘れない父の姿にもたまらない気持ちで一杯になります。今まで自家用車の助手席を倒したりなど工夫していた通院でしたが、”痛み”が激しくて”一度、利用した民間救急車”を次回の入院で利用しようかと思っています。確かに、末期で余命の短い事を本人に伝えていない後ろめたさはあります。医師の話だと奇跡的に本人の生命力で生きているような状況なので悪戯に希望を失う事を話さない家族の選択が望ましいとすら話しておりました。緩和ケアの入院を決めた検診の折、真実を知らない父は、無邪気な子供のようにすら見える位に前向きで諦めておりませんでした。勿論、家族も最後の最後まで諦めたくありません。生存率や腫瘍マーカーの数値からしたら既にこの世に居ないと医師から言われてる父 でもしも、医師の言う骨転移で歩けなくなっても、どうなっても、穏やかに生きて生きて欲しいのです。

慌しい中で迷いながらも申請した介護保険は、今は、自宅へ戻って来た時に快適に過ごせる為につながる希望になれば良いと。とりあえず、介護品だけのレンタルをしています。

ささめさまへ

痛み止めは手を変え、品を変え、量が増えております。医師との疎通は何とかなりました。何時も家族と一緒だったので告知しない選択をした以上、医師が話す機会が無かったそうです。お優しい励ましを有難うございます。

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1008.
父が永眠しました
投稿者 : ささめ投稿日 : 2006/10/14 00:05

容態急変でした。
前の日に「意外と長くもつかもしれないよ。年内までいけるかも」と家族で話していたのに、明け方呼吸が乱れ、私が始発で向かった時にはもう息をひきとっていました。
家族の誰一人、間に合いませんでした。

今でも病院に行けば会えるような気がします。
天国はいいところのようなので、痛みもなくなって好きな釣りを思う存分していればいいな、と思います。

この掲示板にはお世話になりました。
つらかった時かけてもらった言葉は自分の支えになりました。
みなさんには父の分まで元気に過ごしていただきたいです。治療も看病も大変でしょうが諦めないで頑張ってくださいね。
応援しています。

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1007.
住宅ローン
投稿者 : マンション希望投稿日 : 2006/10/06 00:57

マンションを住宅ローンで購入しようとした矢先の健康診断で早期の乳癌(ステージ1)と診断されました。独身女性です。頭金は300万円ほど用意してあります。やはり早期とは言えども(完治率90%以上)
がん患者には団体生命保険やローンは組めないのでしょうか?

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1006.
久し振りの投稿です。
投稿者 : マー投稿日 : 2006/10/06 00:09

8月初旬に娘と代わりたい母さんへお便りしましたマーです。兄が家を結婚して家に戻ることになり家を新築に建替え兄夫婦と母と暮らし始めばたばたとしてこのサイトに投稿するのも久し振りになっていました。
その後、娘さんの様態はどうですか?

私は、9月初旬までジムザールと言う点滴の抗がん剤で通院治療してきましたが、仕事も普通にして週一回の通院治療とその後副作用で度々会社を休むのが辛くなり、療法を変えてT-S1と言う飲む薬に変えもらいました。療法としては、毎日朝と夜の食後(12時間間隔)で4週間のみ続けて2週間休みと言う感じで副作用は、以前からあった吐き気は無くなり主なものは、口内炎と指先などの色素沈着です。一般に仕事をしながらの人が多く使用されてるようです。まだ、使い始めてなので口内炎と指先の色素沈着位ですがお使いなっている方でこんな症状もあるとか助言があれば頂きたいです。

今日CT検査受けてきましたが、微妙でした。大きく見れば横ばいですが...角度的に見た違いでがん組織が小さくなって見える箇所もあれば大きく肥大してる部分も見えるとの事です。

私は、仕事が設計と言うこともあり一日デスクワークですが、施工管理的な立場でもあり現場に出向く事もあります。お盆休みも返上で頑張ってしまったのでしょうか?少しやはり疲れやすくなってきました。会社では、何故か当人普通に見える性か人手不足と言うか待遇は酷いもので、仕事復帰した時の約束事は何処に行ったやらで今までお世話になった職場の方や見舞いに来て下さった社長には喧嘩別れするみたいで申し訳ないですが、今の段階で口頭で部長には今年年内で退職したいと伝えてます。

私のように仕事を目いっぱいやっていても会社側の待遇が酷すぎると思い悩んでる方は、いらっしゃらないでしょうか?こんなの労働基準に引っかからないのか疑問に思ってしまっています。かつて弊社では、仕事中の事故で指を落として首になった方もいます。
投稿の趣旨が変わって申し訳ありませんが、会社側の怠慢は許せません。同じ境遇の方の意見も頂戴したく思います。

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1005.
まりりん様へ
投稿者 : ココ投稿日 : 2006/10/04 10:00

はじめまして、こんにちは。私、進行胃癌ステージVa、厳しい状況下でしたが癌をなんとか克服できました。告知されて、闘病を始めて1年7ヶ月です。

先月の節目の1年半後検診の結果次第で、腹膜に転移の場合、延命治療。もって5年くらいでしょう。10年は絶対無理です。と前回の1年後検診の時、告知されていました。ショックでした。その可能性は高いと言われていたからです。

私は気弱そうで強い女です。二児の母ですもん。胃癌の二度のオペより、難産の麻酔なしのお産の方がうんと苦しかったです。検査は一人で受けに行き結果も一人で聞きに行きます。家族には今回はクリアできたよ〜ってそれだけ伝えて余計なことは言わない。確定してから告げればそれだけ家族が苦しむ時間が短くて済むからです。
薬の副作用で一番きつかったのは味覚障害、食べても美味しくない、体重が増えるどころか減る一方でした。

恐怖で狂いそうになり何度も一人で発狂したかの様に泣きました。だって私、まだ43歳になったばかり、心から愛する主人、大学生と高校生、5歳の愛犬が私を必要としてくれているからです。

絶対生き延びなくては1%の可能性でもあれば諦めない、なんでもできることはして一日でも長く生きよう。それしかできない。徹底的に食事療法をしました。作ってくれる人はいませんから自分で毎食作ります。キッチンで倒れて気を失っていたこともあります。でもがんばりました。

人間は極限まで追い込まれると何でもできるのです。生き延びようとする気持ち、諦めない気持ち大事です。ご主人は肺癌で転移もなくオペも可能なご様子。大丈夫です!絶対、治ります。癌は治る病気になりつつあります。そう信じて大切な旦那様をどうか支えてあげてください。

私が主人に言われてうれしかった言葉は、呪文のような「大丈夫、大丈夫、絶対お前を死なせないから。」

ちなみに私は再発の恐怖と闘いながらも、国立がんセンターのベッド空きを1ヶ月待ちオペをしていただきました。癌の性質は人それぞれですから、ベストと思う方法を自分と家族で選択していく以外ありません。後悔しないように。

私のたった一人の弟は4年前の9月、37歳の若さで肺せん癌、オペもできず、イレッサを最後の手段に選び、それでもだめで全身に転移してこの世を去りました。タバコが何より好きでした。

まりりん様のご主人は大丈夫です。助かります。闘病生活は苦しいでしょうがどうか諦めないで。それが苦しんで苦しんで涙が枯れるほど何度も泣いて、5年生存率57%の進行胃癌をほぼ克服できた私からのメッセージです。

いつもクールなドクターに「もう大丈夫!苦しい治療によく耐えました。がんばりましたね。よかったですね。」そう言ってもらえた時「私の命を救って下さった医療スタッフの皆様、私の無事を祈ってくれた家族、親類、友人、みなさんのおかげです。有難うございました。」止めどなく涙が溢れました。

けれども闘病生活は続いています。胃切除後症候群はつらいです。私は身長158cm、体重34キロ。あと体重を6キロ増やすのが当面の目標です。一緒にがんばっていきましょうね。^^

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1004.
ささめさま
投稿者 : ともこ投稿日 : 2006/10/03 14:34

こんにちは。

私の体調までお気遣い頂き、その優しさに涙がこぼれました。
ささめさんも、その後ご体調は如何ですか?
夏のあの暑さがtDの様に急に涼しくなってきましたので、でも夏と同じ様に夜中布団を蹴ってしまう子供達に気付く度に目が醒めます^^ゞ
何卒お大事になさって下さいね。

先日、母の乾いた唇をお茶や水で湿らせてあげるととても気持ちよさそうにしてくれました^^vそれから口の中も病院が用意してくれた大きな綿棒を湿らせてきれいに拭くとすっきりした表情をしてくれました^^
余りにも気持ちよさそうにしてくれ、私も大変嬉しかったので・・・。ご存知でしたら申し訳ないです。

ただ側に居るだけで(と言っても毎日の様に付き添えるわけでもなく・・・)他に何もしてあげられない自分がもどかしく、こんな事ならもっともっと元気なうちにいくらでも親孝行できる機会はあったのに・・・と心の中で苦しく思っています。

でもいくら後悔してもマイナスの気持ちになるばかりなので、付き添える事のできる現在に感謝して無理なく生きています^^

お互い疲れが出ない様に優しい気持ちで過ごしましょうね^^

こちらこそありがとうございました。

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1003.
不安
投稿者 : 投稿日 : 2006/10/02 12:02

私は36歳で4人の子どもをもつ母です。子どもは上から高校1年・中学2年・小学5年・3歳です。私は一昨年の11月に自分で右の首にしこりがあるのにきずき病院にいきました。初めに行った病院では何もないから大丈夫といわれ、少しホッとしたのですが主人の母達から別の病院を進められ再度受診しました。そこで検査すると、しこりのリンパは3,5aで、首からリンパ液をとり検査したとこ最悪の事を考えておいてくれといわれ。とりあえずリンパは取り除く手術をしますといわれました。手術の際、細胞を調べ悪性と判断されれば急遽、大きくなったリンパ周辺のリンパや筋肉などをすべて取り除く結果になりました癌は一度いじってしまうと散ってしまうので一気に取ったそうです。リンパを調べたとこ原発があるといわれPETをうけましたが見つからず・・・しかし主治医の先生が扁桃腺を調べてみようと言われ検査したところ、原発でした。右扁桃腺から右首へのリンパ転移だったのです。それから手術では、すべて除去といわれ退院後のち次は放射線でした。首両サイド頬にかけ外射28回ほどあて、のち副作用のこと癌消滅を考え内射の方が効果的といわれ原発の扁桃腺は首の外から6個の穴を開け管を通し原発部分・下の付け根にかけ4回内射しました。これまでの日々すごくすごく苦しく辛かったです。ここには書き込めないほどの思いがあります。今でも思い出すと辛く涙が出ます。今現在は一ヶ月一度病院で検査を受けています。先週は再度PETを受け結果待ちです。まだまだ癌とはきれないです。今は副作用で唾液が自分なりに80%はでず水分がないと食べれない飲み込めない状態です。首は筋肉などが無く外部から直接神経にあたる為ずっとしびれた感じ突っ張った違和感があります。このまま、いつまで不安でいなくてはいけないのでしょうか・・再発・・・毎日がすごく怖いです。日々明るく普通に振舞い家族には辛いことすごく不安な気持ち言えません。いつ死んでしまうんだろう、そんなことばかり頭の中では考えてばかりです。自分の病気への知識もなく知るのも怖く・・・私は初めの主人を3人目が一歳になる頃、大腸癌で亡くしています。4人目は今の主人の子です。遺伝というものがあるのなら子ども達のことも、すごく不安です。子ども達には元気でいてほしいです。人間はなんなんでしょう・・・

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自分の血液で副作用なく癌治療(がん治療) − 免疫療法専門の日比谷内幸町クリニック
1002.
悩んでます。
投稿者 : ちい投稿日 : 2006/10/01 09:01

私の母は3年前大腸がんと診断されました。手術をした結果、肝臓に転移していることがわかりました。その後抗がん剤治療をしていましたが、今年、新に腰のリンパに転移していることがわかりました。新しい治療を始めているのですが、副作用がひどくて母も「もういい・・・」と最近言い始めました。何かいい治療がないか悩んでいます。
どうしたらいいか・・・

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1001.
もうすぐ5年
投稿者 : CYO投稿日 : 2006/09/29 21:22

定年退職して1年半、左後頭部の頭痛がどんどん激しくなり、脳神経外科、耳鼻咽喉科、整形外科、診療内科など渡り歩くも結局原因不明。そのうち、定期検診で肺に異常が見つかり、精密検査で肺ガンと診断され、右肺葉を1枚切除。入院は切除入院20日位と抗ガン剤と放射線による事後処理で3ヶ月。この入院中は原因不明の頭痛が激しかったため、肺ガン治療の苦しみはほとんど感じなかった。退院して3日目、耳の奥が異常に痛いので、耳鼻咽喉科受診。直ちに医大病院に転送される。診断は、副咽頭ガン。直径5cm厚さ2cmかなり浸潤が進んでいる。血管や神経が集中しているので切除は不可。動注化学療法、と放射線照射の併用と決められた。途中、患部が腫れ上がり、呼吸困難のため喉に穴を開け、呼吸を確保。苦しかったのは、24時間の点滴、血管が細く隠れているため、日に1回以上は必ずつまり、その都度やり直し。1週間もしないうちに、針を入れる場所もなくなり、痛い。でもやめるわけにも行かない。たかが点滴針でこれだけ苦しいとは想像も出来なかった。それと、食道に穴があいているので、気管と食道を区別する喉のバルブが働かず、食べたものが気管に入り、肺をひっくり返して引き出すような痛み、経験したことのない口では言えない苦しみ、生きる死ぬなど考え付かぬ痛みが続いた。3ヶ月の入院で放射線線量が限界にきて、ガンは残っているもののやむなく治療中止、退院した。医師の言は、慣性で縮小するのに賭けるしかない。その後約5年、幸い、ガンの復活や、新規発生もない。言い忘れたが、この治療の途中から、あれほど激しかった頭痛が全くなくなった。ガンの塊が、神経を圧迫して、頭痛を引き起こしていたらしい。今は、あの治療中の苦しみや、激しい頭痛から開放されて天国。ただ、唾液が出ないので食事が不自由なのが悩み。

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